榊原英資 慶応大学教授
「インドITと日本企業の良好な関係構築について」



ナンダ臨時大使、ご列席の皆様、実は今日日本語でもお話をして結構だと選択肢を頂きました。今日、日本人の方々が多ければ日本語でと、しかしながらもし英語スピーカーの方が多ければ英語でお話をすると。で、大使館の方々に言わせれば、大体半々ぐらいだと言われてしまいまして、どうしようかと悩んだんです。しかしながら、恐らく、英日の方が、日英よりも通訳がし易いだろうと想定致しまして、英語でお話をさせて頂きます。

ご列席の皆様、世界は非常に大きな構造改革の最中にあります。まさに200年、300年に一回の大きな構造改革の最中にあるわけです。今起きている変化というのは、恐らく18世紀末の産業革命に相当するものだと思います。哲学者も歴史学者も未来学者も、これについてはこの数十年よく議論してきました。近代社会からポスト近代社会への移転だとか、ないしはポスト工業社会へのシフトだと言うこともとやかく言われました。しかし、最近に至るまで、一般の方々もそしてビジネスマンの方々もこのような世界経済、そして世界社会の変革というものを十分理解していなかったと思うのです。しかしこの5年間、10年間というもの、いわゆるIT革命において何が起きてきたでしょうか。技術革新も続いたわけです。ITのみならず、テクノロジーですとか、ナノテクノロジーなど、大幅な進展が見られました。

でもこれによって、ビジネスも企業も、そして政府も、そして一般人も本当にこのような変革が起きているのだという事が実感出来るようになったのです。またこれによって、根本的に世界経済の仕組みも変わるであろうと、特に、世界の国同士の水平分担が変わるであろうということが言われたわけです。

このような展開の中、特に注記すべきなのは、インドそして中国の台頭であります。ここで私は台頭ではなく、「再台頭」と言う言葉を敢えて使います。なぜならば、19世紀まで中国、インドも経済大国だったからです。この150年間だけです。西洋経済が東洋の経済を凌駕していたのは。OECDに関わっておりました、つい最近までOECDにおりました歴史学者が、実は、世界のGDPを比較いたしました。過去200年における世界のGDPです。アングス・マディソンさんと言う歴史学者ですけれども、19世紀初頭ですね、1820年には中国の世界のGDPにおけるシェアは27%だったと、そしてインドのシェアは14%だったというのですね。即ちインドと中国だけで、世界GDPの40%強を押さえていたのです。さて、その当時、英国が新たな帝国として、台頭しつつありました。しかしながら、英国の占めるシェアは実はたった5%です。ところが、インドは同じ時期14%だったのです。従って、インドは世界で2番目に大きな経済大国でありました。

これを敢えて申し上げるのは、実はこのような形で、圧倒的な力を持った経済大国だったという、非常にプラスの意味の遺産がのこっているからです。例えば、インドにはまだ数多くの港湾が残っております。しっかりとしたハードのインフラが残っております。勿論、若干時代遅れになったものもありますが。

しかしなんと言いましても、人的資源、そして企業家精神、そして海外に住んでいるインド系の方々とのネットワークというものがあるのです。これはインド、そして中国のような国の持つ優位な点でありましょう。同じような特徴が中国にもあると言ってよろしいかと思います。

さて、フェルナンド・ブローデル(Fernand Braudel)という非常に有名なフランスの歴史学者が、1985年、最後のインタビューでこのように言いました。実は亡くなる、その一年前のインタビューだったのです。彼に言わせれば、世界の中心はベネチア、そしてアムステルダム、ロンドン、からニューヨークにシフトしたと。これが又ニューヨークから何処かまだ解らない所にシフトしつつあると。フェルナンド・ブローデルさんが言われたんです。もしも彼がまだご存命であれば、こう言うでしょう。「世界の中心はニューヨークから徐々にアジアにシフトしつつある」と、きっとそう言ったと思います。

従って、私は、21世紀はアジアの時代になると思います。そして世界経済、そして世界社会の中心がアメリカからアジア全般にシフトすると思われます。ただこのプロセスは恐らく緩慢なものでしょう。アメリカはこれからも、そうですね、向こう10年、20年にわたって、圧倒的な力を持つ国、そして経済であり続けるでありましょう。

しかしながら私がお話しておりますのは、何十年という単位の話です。インド・中国・日本、そしてその他のアジア諸国が、今や台頭しつつあります。技術の面においても、また生産、そして消費の面においても、世界経済の原動力として台頭しつつあります。このようなグローバル経済の大変化を受けて、実は企業の中においても、大きな変化が起きております。特に、アメリカにおいて、大きな変化があります。

面白い統計があるんです。
これはブロキングス研究所における研究者がまとめたものです。実は典型的なアメリカ企業、確かSP500に含まれている企業ですが、資産の構成をたどったものです。20年前であれば、アメリカの資産の内、7割は例えば工場だとかオフィスだとか、そして機材と言った有形資産であった訳です。しかしながら、今の資産構成はどうでしょうか。同じ基準で見た場合、実は資産の7割は例えば技術、そしてブランド、並びにデーターベースといった無形資産に成りつつあると言うことです。

従って典型的なアメリカの企業が、ハードそして生産志向的なものから、ソフトそして技術志向も組織に変化したということなのです。

ところがこのような同じ動きは、日本では起きておりません。しかしながら、恐らく先進国においては、このようなシフトが避けられない傾向だと思います。言うまでもなく、ハード志向からソフト志向的な組織へのシフト、このシフトにおいては、実はアメリカの企業はインドのソフトウェアベンダー、そしてソフト企業に非常に大いなる形で助けられてきたのです。ご存じだと思いますが、バックオフィス業務ですとか、それからコールセンター業務、またその他の業務に関して、今まではいわゆるホワイトカラーワーカーが社内で行ってきたこれらの業務、これが今やシステム化され、そして、ソフトウェア企業にアウトソースされるようになりました。これはインドその他の地域の企業にアウトソースされるようになったのです。これによってアメリカの企業のコストは大幅に削減されました。

これが既に日本でも起きつつあります。実は私は、ある非常に大きなインドのソフト企業の社外取締役を務めております。大使館の方に言わせれば、日本人でインドの企業の取締役に名を連ねているのは私だけだそうです。で、この企業は大変努力をしておりまして、何とか、この新たな日本のマーケットにおけるトレンドに関わりたいと思っております。

実は、インドのソフト企業そして日本の製造企業、並びに非製造企業の間には補完関係があります。勿論課題はあります。まず、企業文化がかなり違うと、そして言葉の問題もあると、しかしこれらは越えられるものだと思います。勿論苦労はするでしょうが。しかし私どもの補完関係であります、まさに「ウイン-ウイン」なんです。インド、日本の企業双方にとって相互利益が促されるのであります。しかしそれを迅速に、日本企業は進めなければならない。

特に日本のバックオフィス業務、ならびに社内のオペレーション業務のコストは大変高いのです。これが問題です。最も進んだ日本のメーカーであっても、この問題があるようです。

従って、インドのソフト産業などと協力をし、そして効率の良い生産性の改善を図らなければ成りません。時間の問題だと思います。必ず、密接な補完関係というものがインドとそして日本の企業との間で形成されることでありましょう。インドの企業の唯一の日本人の取締役として、これを実現させたいと思っております。皆様ご静聴ありがとうございました。


司会:確実に経済の大きな波がアジアに向けてきていると、先だってゴールドマサックさんがレポートを出しておりますけれども、それによりますと2032年に残念ながら日本のGNPをインドのGNPが抜くというふうなレポートが出ております。喜ぶべきか悲しむべきかちょっと悩むべき所ではあります。つぎに、日本の人材派遣ビジネスの草分けでインドIT人材にも熱い視線を投げ続けているパソナグループ代表南部靖之様にお願いします。







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